エモヤバ日記

「エモい」と「ヤバい」しか語彙力ない人間が書いています

どんな大人に出会ったのかで、子供や学生の人生は本当に変わってしまうという話

鬼滅の刃を見ていると、どんな大人にであったのかでこどもの人生は本当にかわるんだなという感想になる。たんじろうは、出会った大人が素敵だったから人を殺めずに自分の正義を貫く方法を得ただけだ。妓夫太郎が絶望の淵にいたときに出会ったのが鬼ではなくて、お館様だったらどうなっていただろう。

いま私はアラサーで、まったく希望はしていないが新卒採用やインターン生の対応をすることがある。それも含めて給与が出ていると思っているので、仕事だと思ってやっている。そのときに意識しているのが、鬼滅の刃に登場する大人たちだ。自分の言葉次第で目の前の子供を鬼にも立派な人間にもしてしまう。ただのサラリーマンにそんな影響力ねえよ!と思うが実際はどうかわからない。進路を真剣に考えてやってくる学生なのだから真面目に聞いているかもしれない。だから私はものすごく言葉を選ぶ。言い切り表現を避け、あくまで個人の意見であることを強調する。目の前の若者が鬼にならぬよう、人間であり続けられるよう工夫する。

中にはものすごくなめた学生もいる。「2年以内に管理職になれますか?」「教育制度は整っているんですか」「新規事業やりたいんですけど、入社後すぐ新しいプロジェクトをやれますか」「やりたい仕事しかしたくないんですけど異動希望って叶うんですか」。本当なら、二度と目の前に現れないでほしい。言うまでもなく面接なら多分落とすのだが、結果落とすとしてもその場で何を伝えるかは「この学生を鬼にせず、人間にするにはどうしたらいいか」と考えながら言葉を選ぶ。その場で「おまえみたいなTakeしか考えないやつ、だれが採用すんの?」と言えば、その学生は鬼になり、弊社の悪口などをネットに書いてしまうかもしれない。その悪口が度を越していたら、うちの人事が黙っていないと思う。人事は学生のSNSも特定していることが多いから、小さな業界内では人事同士で本当に簡単に情報共有されてしまう。鬼になるとその先の人生はイージーモードにはならない。

 

復讐心が自分を支える

クリーンな動機だけでは社会人をやっていけない。それを私は1年目で学んだ。よかった。

 

仕事のモチベーションや、仕事が楽しい瞬間は何ですか?と聞かれたとき、私は必ず「数字で成果を出せたときです。周囲の期待にきちんと応えられることはうれしいことであり、周囲から期待を寄せられることはうれしいことです。それに数字で結果をだすことは、もっとも会社のミッションに貢献し、チームメイトのキャリアの実現や、キャリアに理想がないメンバーにとっても給与をあげるとか、いざやりたい仕事がでてきたときにそのポジションを獲得する説得材料になったりしてメンバーにとってもしあわせなことだからです」と答えている。

これは本当だ。でも、1番ではない。これは2番目の理由であり、表向きに話せるものを選んでいるにすぎない。私の最も強い仕事のモチベーションは恨みや、復讐だ。

 

初めて復讐心を持った日

社会人1年目のときに、生きていて初めて「こいつら、交通事故とかで全員しんではくれないだろうか」と思うほど憎い集団に出会った。

すぐさま心の中で「ダメだ。彼らにも大事な友人や家族がいるんだ」と思い直すが、やがて「こいつらに家庭や友人を持つ価値などない。保身と、他人の人生を狂わせて知らん顔しかしないやつらに、人間としての幸せを感じる価値などない」と思うようになった。

そこまで憎いのは、あろうことか前職時代のお客様だった。

この憎しみは時間がたてば忘れると思っていた。しかし、社会人になってもう丸5年がすぎても、彼らへの憎しみは消えない。

彼らは無茶な要求でこちらの人員をどんどん精神的な病気に追い込んだ。

ひどいときには過剰なクレームを普段は現場に現れない上級役職者に伝え、現場にいる人を追放したり、現場にいる人が上級役職者に殴られたりするのを見て、あのくらいまでやってくれなければ、と言っていた。

私は幸い病まずに済んだし、転職して幸せに暮らしているが、運がよかっただけだ。

どうすれば復讐できるだろうかとよく考えたものだ。社会人1年目の私はなすすべはなかった。当時は会社ってそんなもんだと思っていた。だから普通に働いていた。やがて別の仕事がしたくて転職し、以前の職場(というかお客様)が異常なのだと気づいた。

人を病気や内部分裂、暴力沙汰にまで追い込んで、なんで平気な顔しているんだ。

 

復讐心が癖になっている

仕事には理不尽がつきものだ。対処する理不尽の大きさに従って給与が上がっていく。

しかし中には、到底受け入れられない理不尽もある。

そんなとき私は、その理不尽の発端に対して復讐心を抱くようになった。学生のころまではそんな気持ちになったことはないのだから、きっと1社目での経験が影響している。

そんなとき私が考えるのはこうだ。

「仕事で思い切り成果をだして、こいつが最も困るタイミングで退職してやろう」

「仕事で思い切り成果を出して、私が社内で信頼される人間になり、こいつの罪をリークしてやろう」

この復讐心で毎日、仕事ができている。

 

私は本来、そんなにメンタルの強いほうではないのだと思う。自分ではメンタルが強いと思っていたが、精神的に本格的に病む前に、不眠症や、吐きまくるなど体に異常が出て、自分で勝手にセーブできるので幸い倒れたり、手遅れになる前に自分で調整できているだけだ。

最近も「仕事で大きなミスをして、上司とチームメートに土下座で謝る夢」を見て目が覚めた。最悪な目覚めだ。

 

モチベーションは下がることがあっても、復讐心は消えない。

モチベーションに頼らず、どんな理不尽があっても毎日元気に働けるのは復讐心のおかげだ。

どんだけいやなことがあっても、復讐心があるから今日も頑張れる。こいつを苦しめてやるんだ、という気持ちだけで、冷静に働ける。

それに実際、私が成果を出し、信頼を得て、会社のキーマンになったとして、会社を辞めても、会社にとってなんの迷惑にもならない。むしろメリットしかない。

結局、リークなんて面倒なことも、前職の社名まで出して、悪く言って自分の評判まで下げるようなことも私はしないからだ。

むしろ復讐心を糧に成果をだして、どんどん会社が儲かればうれしいことだ。

 

それとこれは別

冒頭に書いた仕事のモチベーション

「数字で成果を出せたときです。周囲の期待にきちんと応えられることはうれしいことであり、周囲から期待を寄せられることはうれしいことです」

これは本当だ。たくさん感謝している。だからもっと売り上げを伸ばしたい。会社をもっと成長させたい。期待に応えたい人がたくさんいる。

それに、私は社内で自分でチームを立ち上げているし、新規事業にもこれから取り組むので、そんな自分のチームを選んでくれた人には一人残らず幸せになってもらいたい。

これは本当の気持ちだ。チームメイトには仕事で何をされても、恨むとか、憎しみの気持ちは一切湧かない。自分のチームを選んでくれたことへの感謝しかない。

彼らがこのチームで成果を出せるように頑張るというクリーンな動機と、あいつに地獄を見せたいという復讐の2つの動機で私は成り立っている。

クリーンな動機だけでは生きていけない。それを社会人1年目で学んだ。

 

 

歴史に残らないくらい平和で平凡な時代に生きたい

2022/2/24、ロシアがウクライナに侵攻した。

10年前、私が高校生の頃、社会科の先生(詳細な科目はわすれた。地理かな?)が、こんなことを聞いた。

ベルリンの壁を越えようとする人を撃ち殺す仕事をしている兵隊が、ベルリンの壁が崩壊した後、裁判にかけられました。有罪だと思う人?」

私は手をあげた。教室の一番端の前から4番目くらいの席だったので、壁を背にして教室中が見えた。誰も手をあげていなかった。

「無罪だと思う人?」

何人かが手をあげた。

「分からない人?」

また何人かが手をあげた。

1つも手をあげていない人もいた。

有罪だと思う、と手をあげたのは私一人なので、当然教師は私に理由をきいた。私は

「もし自分が兵隊なら、本気で狙ったけど外してしまったと言う。肩とか、致命傷にならなそうなところを狙う。撃ち殺したということは、自分で殺す意思があったから殺したのだと思う。なので有罪だと思う」

無罪と答えたクラスメイトは「戦争なんだから仕方ない」「仕事だから」「殺さないと自分が怒られる」と答えた。

わからないと答えたクラスメイトは「本当に分からない。どちらも正しいと思う」と答えた。

私は有罪か無罪かというより、戦争って人を殺しても仕事だ、ひとを殺しても正しいことをした、と言えるんだな。

いつも優しいクラスメイトたちをこんなにも変えてしまうんだな。という衝撃が残った。

2022/2/25、ウクライナに少額だが募金した。親しい友人のSNSでは誰もウクライナのことを投稿していなかった。みんな何でもない普通の楽しい投稿をしていたし、私もそうだった。しかし募金をして、募金を呼び掛ける投稿をインスタのストーリーにあげた。投稿するのには勇気がいった。偽善者ぶっているとか意識が高いとか、いろいろ思われるんだろうと思った。でも今起きていることを、何も起きていないかのように、何もなかったことかのように振る舞うことは自分にはできないと思った

お金で解決するのなら、いくらでもお金を積める大金持ちになりたかった。

ツイッターで、ウクライナとロシアの件でこんなツイートをしている人がいた。「みんなどこか浮かれている。歴史の目撃者になれたことに」

そんな気持ちを抱いたことはなかったが、私は心の底から歴史に残らないくらい、平和で平凡な時代に生きたいと心の底から思った。

 

このブログは99%自分が読み返すために書いている。1%だけ、このブログを読んだ人がほんの少しでもいま世界で起きていることをなかったことにしなくてもいいんだと思ってほしいと思って書いている。

 

皮肉なことに私はこの戦争で、事実だと確かめなくてもいい過去の偉人の発言が事実だったと学んでしまった。

戦争を決めるのは老人だが、前線に立つのは若者であるという言葉が事実だったと分かった。

次のヒトラーヒトラーを否定しながらやってくる、が、その通りだった。

NATOが東に拡大すれば、ロシアと米国の関係がピリつくという、ある外交官の予想がその通りになってしまった。

 

歴史に残るような時代に生きたくない。平和で平凡な教科書の1ページにも取り上げられないような、注目されない、何も起きない。そんな時代に生きたい。

 

映画コンフィデンスマンJP『プリンセス編』が一番おすすめ・好きな理由を書く

コンフィデンスマンJPはドラマのころから1話完結で見やすく、毎回後半でダー子たちがどこから視聴者と相手をだましていたのか、ざーーーっと答え合わする瞬間が大好きで、ドラマでも見たし、フジテレビの何かを契約してスマホでも見た。とにかく、『やまとなでしこ』以来、ドはまりしたドラマだ。

 

その中でも『プリンセス編』は特に好き。好きな理由はちょっと真面目です。

 

「自分のなりたいものになれる」というメッセージを感じた

あらすじを簡単に書くと、某国の大富豪が跡継ぎを探していた。実は隠し子がいて、その隠し子に全財産を渡すという。世界各国から隠し子を名乗るものが集まる。ダー子は身寄りのない内気な少女「コックリ」を、大富豪の隠し子として忍び込ませる。

 

ここからネタバレを含むんで、まだ見てない人はスクロールする場合気を付けてください。

 

 

で、コックリはなんと、本当に跡継ぎになってしまう。

なんでか?

大富豪の家で行われたパーティに、その大富豪を恨む男が爆弾テロを仕掛ける。それをコックリが、大富豪の跡取りとして誠実に振る舞い、それはもう皇族らしいというか、跡取りとしてふさわしい振る舞いをして見せたのだった。

それで、やっぱりこの子があの大富豪の隠し子だったんだ!となり、認められるという。ざっくり書くとこんな感じ。

 

コックリはもともと、親に捨てられたかわいそうな子だ。それなのに、大富豪の跡取りとしてふるまっているうちに、本当にそうなってしまった。

 

いざってときに人の本質が出る。

コックリは大富豪を恨むテロリストが襲ってきたいざってときに、逃げたり誰かを盾にしたりせずに、大富豪の跡取りとして向き合った。いざってときに出たコックリの本質は、立派な大富豪の跡取りだったのだ。

本物も偽物もない。信じればそれが真実。

コックリは偽物の跡取りだ。でも、自分が跡取りだと信じて振る舞い切ったら真実になっていた。

 

インスタグラムのストーリーを投稿しなくなった理由を書く

私はインスタのアカウントを持っているが、ストーリーはほとんど更新しない。10人くらいの親しい友人に英語学習の感想などを月に数回投稿する程度だ。

なぜディズニーランドに行った、友達の結婚式に行った、こんなおいしいものを食べた、こんなところに遊びに行った、こんなものを買った…という投稿を一切しなくなったのか書きたい。

人の幸せを喜ぶことのできる人間は少ないと思うから

愚かなもので友達や親族であっても、こいつの人生はうまくいっているみたいだと思われると基本的にはロクなことがないと私は思っている。お金を貸してくれとか、助けてくれとか、だからなるべく幸せに生きている様子をSNSに上げないようにしている。かといって、愚痴を投稿するのも違うし、結果的にほとんど何も投稿しなくなってしまった

大学生の間にやっておいた方がいいこと

私の答えは夢中になる経験をするです。

 

違法でなければ恋愛でも、株でも、部活でも、バイトでも、勉強でもなんでもいいと思います。

とにかく夢中になる経験をした方がいいと思います。

 

理由

こうした話はどうしても自分語りの要素があります。まあ自分のブログだからいいか。

前職時代、私は本当にまじめに働きました。楽しもうと努力したし、いつも勉強していました。しかし、夢中になれませんでした。大学生のころ、アフィリエイトに夢中になる経験をしていた私には、「夢中」がどんな感覚か知っていたので、今の仕事に自分が夢中になっていないことはわかりました。

1年間、真面目に働いて、夢中になろうと努力して、無理だったので転職しました。

転職先では、夢中になって仕事しています。

なぜ自分が夢中になっていると分かるのかというと、学生時代に夢中になった経験があるからです。

もし大学生のころに夢中になった経験がなかったら、前職の仕事に夢中ではない状態に気づけなかったでしょう。

夢中になって仕事ができると楽しいものです。楽しくて時間はあっという間にすぎていきます。学生時代に夢中を経験しなかった人も、大丈夫です。仕事でも趣味でもいいので、夢中になる感覚さえつかめればよいのですから。

幸せの比較

1社目と2社目で年収は200万円変わりました。下がったんです。

基本給はほとんど変わりませんでしたが、1社目は残業代が残業時間に合わせて支給されるので、残業すればするほど残業代の分だけ、もらえる給与が増えるわけです。

2社目はベンチャーで、年俸のなかに残業代が組み込まれているので、基本給はさほど変わらず転職した当時は「給与は下がっていない」と認識していましたが、実際は200万円近く下がっていたのでした。

それでも私は強がりでもなんでもなく幸せです。年収500万円を切ってくると東京での生活は結構しんどいのかもしれませんが、それ以上であれば私の幸福感は年収にさほど影響を受けないようでした。

 

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1社目はそこそこの大企業で就職ランキングにそれなりに名を連ねていました。年末年始、実家に帰ると親戚たちはこう言います。

「あの会社に受かったなんてすごいね」「なんで辞めたの」「一流企業じゃないか」「どんな仕事をしていたの」

今の職場の話なんて、誰も聞きたがりません。

それでも私は転職して幸せです。

ネームバリューのある会社でやりたいことができるまで何年も何年も待って勤めるより、やりたいことができて自分が会社を作っていくことに少しでも貢献できていると感じられるほうが嬉しいです。

DeNAの南場さんが書いた『不格好経営』という本があります。その本の中に創業期・変革期を支えたいろんな従業員が出てきます。私はそういう人になりたかったのです。

 

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1社目は残業時間は多く、給与も一般的には高く、名前もそれなりに知られていました。経営のうまい会社だと、いま振り返るとよく思います。

特に従業員に対する経営層や人事のコミュニケーションの取り方が工夫に満ちていました。特にそれを感じたのは年に1回、某ホテルで行われる盛大なパーティです。そこに従業員だけではなく、従業員の家族も無料招待するのです。さらにパーティの中で行われるゲームで勝つと、家族分のハワイ旅行がプレゼントされます。

長時間残業には家族の理解が必須です。私はこのパーティは以下の目的のためにやっているのではないかと邪推しています。

↓私の邪推

家族はこんなことができる会社に勤めている夫、父親をかっこいいし、誇りに思うでしょう。そんな夫、父親でいてほしいと思うでしょう。毎日残業で家になかなか帰ってこなくても、高級車に乗れて、「あの会社にお勤めなんですね!」と言ってもらえて、華やかなパーティに招待してもらえるような暮らしは心地よいでしょう。そうして夫、父親の仕事を応援したい気持ちになるでしょう。こうして長時間労働を理解する土壌が家族の中で少し作られていくでしょう。

完全なる邪推です。

今の私の勤め先は、1社目のころのように会社が従業員の家族を労うことはありません。年収も200万円近く下がり、帰省すれば前職の話ばかり。それでも私は今の会社での仕事が幸せです。なぜなら、家族と毎日夕食を食べられるからです。年に1回の華やかなイベントや高級車に乗れること、親族たちに「あなたの配偶者はいいところに勤めているね」と言われるよりも、毎日家族と食事ができる毎日の方が私と私の配偶者にとっては幸せだったのです。

 

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お金とは稼いでみないと、自分にとっての価値はわかりません。学生時代、アフィリエイトが運よく当たった私は、マンション代・学費を1年分、前払いしていました。しかし、仕組みがよくできていたので毎月の収入は継続的に発生します。でも他にお金を使いたい場所がないのです。

タワマンに引っ越そうとしたこともありました。しかし「なんでこんなマンションに月XX万も払うんだ」と理解できませんでした。それで1LDKの小さなマンション住まいを継続しました。

カルティエの時計が手に入ったとき、結局使いませんでした。高級時計をつけて歩いてたら、どこかにぶつけて壊さないかと不安だったのです。だから普通の安い腕時計に戻しました。

 

欲しいモノを全部買っても、全然お金を使いきれないし、価値を味わえないんです。

たとえば、4畳のアパートから2LDKに引っ越して…

最初はうれしかったんですけど、すぐに場所を持てあますんですよ。

無理やりでかいソファーを並べてみても、座る場所は1カ所だから「これって何の意味があるんだろう…?」って不安になって…

(中略)

そのときに、“自分は高いモノの価値が理解できてない”って気付いたんです。

 

引用:「ジャガーを買ったらお金の価値がわからなくなった」“月収600倍以上”を経験したヒロシが語るお金論

 

私も高いモノの価値が理解できない残念な人間なのだと思います。

そして平凡なことを幸せに感じるのできっと大金持ちになることもないような気がします。でも、ずっと幸せでいられる気もします。(お金がなくて苦労したこともありますので、その時には絶対戻りたくないけど)